韓日祝福の理想と実際(後編): ‘背教者’が読む「潜入 旧統一教会」4


こちらの記事の続きとなります。

旧統一教会の韓日祝福については、宗教学者の中西尋子氏によって既に調査研究がなされており、その本質部分に迫られた内容になっていると思います。1

今回は「これだけは知っておきたい旧統一教会問題」中西氏執筆部分の第4章「韓国の統一教会と日本人信徒」と「潜入 旧統一教会」第4章「合同結婚式で渡韓した『日本人妻』たち」の両方を参照し、旧統一教会の韓日祝福について考えていきたいと思います。

本記事では以降「潜入 旧統一教会」を「潜入―」、「これだけは知っておきたい統一教会問題」を「これだけは―」と略して表記いたします

長文となってしまいました。マーカの部分を読むだけでも要点が掴めると思います。どうかお読みいただけると幸いです

目次

韓日祝福の3つの意義・目的

そもそも、教団が決めた見ず知らずの韓国人の男性に嫁ぎ、異国の地で家庭を築けるのはなぜなのか。「潜入―」では「’家族’になることで過去の対立感情を乗り越えていくしかない」という教祖の教えに従い嫁いできたと書かれていますが、それだけなのでしょうか。

「これだけは―」で中西氏は、韓日祝福の意義や必要性を3つ挙げています。

  1. ’血統転換’2をなし、’神の子’を産み増やすため
  2. 不幸な歴史的関係にあった国や民族同士で夫婦になり、過去の恨みを乗り越える
  3. 韓国人男性が「再臨の救世主3の国の男性」として特別視される

上記②は「潜入―」でも書かれています。中西氏はこれに加え、上記①と③、つまり「救世主と同じ韓国の男性に嫁ぎ、血統転換を通して’神の子’を産み増やす」という意義・目的があるとしています。

これは日韓祝福の経験者である私としても納得が行くもので、こうした宗教的な意義を感じ、信じるからこそ’困難な結婚’に臨むという決断が可能になるのです。4人生を懸けて。

社会変革運動としての韓日祝福

そのような韓日祝福は、一般的な結婚というより「地上天国」実現のための社会変革運動と捉える方が理解しやすいと中西氏は述べています。5

以下は中西氏がインタビューを行った現役信者のコメントです。

(入信前に)疑問に思っていたこと、この先どう生きていこうか、満たされることがなかった。ここでいわれていることは理想的だなと思った。
[中略]
希望、理想があって(目指して)到達するものがあるから、力がわく。その一部を実践している。子どもを育てていくことが理想。普通に結婚して育てているけれど、普通のことだけど、変わりないけど、心情的には違う。…(そうでなければ)誰がこんなとこ(ところに)来て生活するか。

これだけは知っておきたい 統一教会問題(Kindle版)第4章,5 ※文中( )は原文ママ

もちろんこの信者個人の例ではあるものの、生きる意味を求め、世界平和のために何かできないかと考えていたような生真面目で誠実な女性。旧統一教会に出会って韓日祝福に自己実現の理想を見出し「’地上天国’を作るために’神の子’を産み育てる」という社会変革運動に、その身を投じたのです。

「潜入―」に出てくる「困難も葛藤も神様の試練だと思って乗り越え」る動機や、それを実践する矜持を感じられるものです。

そして「(そうでなければ)誰がこんなとこ来て生活するか」という最後の言葉は、その’社会変革運動’が、いかに困難と葛藤を伴うものであったかが滲み出た、とても重いものではないでしょうか。

日本人としての贖罪意識

また「これだけは―」には、「潜入―」で触れられていない重要なポイントが語られています。それが「贖罪意識」です。以下も中西氏のインタビューによる現役信者のコメントです。

「こんな嫁と結婚しちゃいけない」と。友達の前でも言う。…むかつくが、日本が犯してきた罪、先祖が韓国人に言ってきたのかなーと、罪滅ぼしで来ているんだろうな、と思って(我慢している)。

これだけは知っておきたい 統一教会問題(Kindle版)第4章,6

これは夫から妻への深刻なモラハラ行為ですが、この日本人妻はそれすらも日韓の歴史問題として捉え、明らかに贖罪の意識を持って耐えているのです

教団による贖罪の教育

こうした贖罪意識は、旧統一教会の教義をもとにした見解です。中西氏は、日本人妻向けに教団が発刊した書籍6を引用し、日本人妻は贖罪の意識をもって韓国人夫やその家族、韓国社会に接するよう指導している点を指摘しています。

夫の欠点は韓国の歴史的背景から理解

主体者7が今のような事情を抱えるようになった背景をまず知らなければなりません。お酒を飲む8、殴ってしまう、教会に来ない、あるいはいろんな人間性のひずみを持っていたりする場合に、なぜそうなったのかという事実を知らなければなりません。30~40代の私たちの主体者は、食べられなかった、本当に難しい時期を通過してきているのです。…そういう中から胸に溜まった恨(ハン)を持っている主体者なのです。だから、そういう主体者たちを前にする時には、皆さんは本当に痛みを感じなければなりません。酒を飲むようになってしまった背景にも、私の国と私の先祖が関与しているということを、はっきりと知らなければならないのです。

しあわせいっぱいになる本郷女性講座, 本郷人編集部 編, 2008 p.158~159, 「これだけは―」より再引用

『日本人』として常に謙虚さを忘れない
私たちは、頭を下げて、謙虚な気持ちで、一生涯にわたって私たちの先祖が犯した数え切れない罪を償っていかなければならない立場であると思います。だから、礼拝が終わった時にも、さっさと出て行ってしまってはいけません。年老いた方たちが出ていかれる時、一人ひとり安否をうかがいながら挨拶するべきなのです

しあわせいっぱいになる本郷女性講座, 本郷人編集部 編, 2008 p.149, これだけは―」より再引用

「二重の罪」を背負う日本人妻たち

このような指導を施す背景に、旧統一教会の次のような教義があります。既に報道等で周知されている点もありますが、元信者である私なりに箇条書きにて整理します。

  1. 韓国は’アダム国家’であり男性を象徴
  2. 日本は’エバ国家’であり女性を象徴
  3. 人類始祖のエバ(女性)がアダム(男性)を誘惑し、堕落させた
  4. 過去、日本(女性)は朝鮮半島(男性)を植民地支配した
  5. ③より、女性は男性に対して罪を負っている
  6. ④より、日本は韓国に対して罪を負っている

上記⑤と⑥の教義より「エバ国家」日本の女性(妻)は「アダム国家」の韓国と男性(夫)に二重に従属させられることになります。9

つまり日本人女性が韓国に嫁ぐのは、歴史的な二重の罪を、その身をもって償うためでもあるのです。だからこそ’困難な結婚’に耐え忍び、韓国社会で誰もが認める存在になることが求められる

いわばそれが、韓日祝福で嫁いだ日本人妻による’社会変革運動’の最終目標となるのでしょう。

歪な構造がトラブルの温床に?

以上から旧統一教会の韓日祝福において、夫婦間の関係はフェアなものとはいえず、贖罪を目的として妻が夫に尽くす構造になっていると言えます。

これでは男性側に「自分は尽くされるべき存在」という観念を与えかねず、DVやモラハラといった深刻な問題を引き起こす温床となりかねないと私は思います。

「潜入―」では、ミスマッチには教団が新しい伴侶を見つけるサポートをするとだけ書いてありますが、10韓日祝福の構造自体がこうなっている以上、起こった問題に対し教団が適切な対応を取れているのか、私は疑問を感じています。

一例として、韓日祝福の体験をつづった「カルトの花嫁」には、著者の困難に対して教団のサポートがなく、むしろ信者でない一般の住民に助けられたことが書かれています。11

そして、あの痛ましい春川事件12は、こうした韓日祝福のもつ構造が引き起こしてしまった、最悪の事態だったのではないでしょうか。

「潜入―」では、このような旧統一教会の教義に基づく「歴史的な贖罪」についても、起こったトラブルについても一切触れていません。「両国の対立感情を家族になって解消する」「日本人女性のイメージが良く孝行嫁として表彰されることもある」という美談調の内容だけでは、事の本質を大きく見誤ってしまう可能性があると私は思っています。

元教団No.2の証言

かつて教団のNo.2格であった郭鄭煥(クァク・ジョンファン)氏13も、韓日祝福の実情・実態を次のように証言しています。

郭氏は95年以降、合同結婚式を巡る実績を上げることを目的に、韓国人男性を中心に参加資格基準を守らずに日本の信者と結婚した事例も「相当数発生した」とした。

[中略]

郭氏は、その結果として「韓国に定住し、家族をうまく構築し、子供を育てた模範事例も多い一方、少なくない日本人女性が家庭内暴力や、子供の教育問題、生活苦に直面し、苦しんでいる」と述べた。

朝日新聞, 2022年10月24日, 朝刊, 3面 デジタル版 ※マーカーは筆者による

終わりに―「偏向」なき韓日祝福の実態に迫るには

ここまで「潜入 旧統一教会」「これだけは知っておきたい統一教会問題」「カルトの花嫁」という3冊の書籍をもとに、旧統一教会の韓日祝福について述べました。

書ききれなかったこと

中西氏の調査研究による「これだけは―」には、他にも教祖・文鮮明氏と日本人妻との関係性や、信仰を失った女性たちについて等、さらに詳細に述べられています。14

また、先回と今回の記事で言及したのは1世信者の場合のみであり、2世として韓日祝福を受けた方や、韓日祝福の夫婦から生まれた子女については一切扱うことができませんでした。これらは1世信者のケースとは大きく異なる内容もあり、’宗教2世’問題とも絡めて考える必要があるものでしょう。

もっと深く多角的に見るべき

旧統一教会の韓日祝福は、単純な国際結婚ではありません。その構造が「韓国(救世主の国)への贖罪」という重いテーマを背負っていること。15’救世主’と同じ韓国男性の血統に繋がり’神の子’を生み増やすという宗教的な理想を掲げた’社会変革運動’の側面があることが、本書では見過ごされています。

「困難と葛藤を信仰で乗り越える」という理想自体は素晴らしいのかも知れません。しかし実際問題、それは困難と葛藤の連続にならざるを得ず、アンフェアな関係性から深刻な人権侵害や被害を生む要素がたくさんあり、実際に痛ましい事件が起こっていることを、決して見逃すことはできません。

ですので「潜入 旧統一教会」で語られる旧統一教会の韓日祝福についての部分は、ごく表層的なものに留まったと見ざるを得ません。

旧統一教会の韓日祝福を考える際は、今回参照した「これだけは知っておきたい統一教会問題」「カルトの花嫁」といった他の資料も併せ、もっと深く多角的に見つめる必要が欠かせないと私は考えております。


  1. 「潜入 旧統一教会」でも中西尋子氏の研究は参照されています。同書p.147に「統一教会 ― 日本宣教の戦略と韓日祝福」(桜井義秀, 中西尋子 共著, 2010)について言及があります ↩︎
  2. 祝福の(合同結婚式)の中心的な意義。人類はサタンの血統をもっており、統一教会による一連の祝福儀式を通じて神の血統に繋がれるとされます(これだけは知っておきたい 統一教会問題(Kindle版)第4章, 3) ↩︎
  3. 旧統一教会の教祖である故・文鮮明氏のこと ↩︎
  4. これだけは知っておきたい 統一教会問題(Kindle版)第4章, 5 ↩︎
  5. 同上 ↩︎
  6. しあわせいっぱいになる本郷女性講座, 本郷人編集部 編, 2008 ↩︎
  7. 夫のこと。妻は「相対者」 ↩︎
  8. 旧統一教会の教義で飲酒は禁止されています ↩︎
  9. これだけは知っておきたい統一教会問題(Kindle版) 第4章, 6  ↩︎
  10. 潜入 旧統一教会 p.148 ↩︎
  11. カルトの花嫁(冠木結心 著, 合同出版, 2022) 第5,6,7章等 ↩︎
  12. 生活苦のため…日本人妻が韓国人夫を殺害=韓国・江原道 | 中央日報 ↩︎
  13. 現在は派生教団(3男派)に属し、家庭連合に批判的な立場を取っている方です ↩︎
  14. これだけは知っておきたい統一教会問題(Kindle版) 第4章, 6および7 ↩︎
  15. 上掲書, 第4章, 8 ↩︎
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Author:

田村 一朗(仮)のアバター 田村 一朗(仮) HN: インセム(인샘)

旧統一教会(世界平和統一家庭連合)
2世元信者 信仰2世(ヤコブ)

この教団に長く身を置いてしまったことを悔いています。統一教会とは何なのか。なぜ信じたのか。この教団は日本社会にどんな影響を与えたのか。問い続けていきたいです。

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