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なぜ安倍元首相だったのか――判決が触れなかった核心

判決の違和感
正直、驚きました。量刑が厳しすぎるというよりも、とても重要な論点が、意図的かのように抜け落ちていると感じたからです。
私は、被告の山上徹也さんと同じ旧統一教会の信者家庭で育った、いわゆる「統一教会2世」の一人です。教団への恨みが、なぜ安倍元首相に向かったのか。それが感覚として分かる側の人間だと思っています。
被告の生い立ちや不幸な境遇が、「理解が不可能とはいえない」程度の評価で済まされていること自体、同じ統一教会2世として感情的に納得しきれない部分は大きくあります。ただ、それ以上に気になったのは、この裁判で十分に審議されていない論点が、確かに存在するということでした。
判決への問題提起
それは、安倍晋三氏と旧統一教会(家庭連合)の関係性について、判決が一切触れていないことです。
元東京高裁判事で上智大学法科大学院教授の朝山芳史氏は、この点について「犯情か一般情状かの判断を分けるポイントになり得る」と指摘しています。1量刑判断において、極めて重要な論点であるはずです。
ただし、ここで問われるべきなのは、安倍氏と統一教会の“実際の関係性”そのものではありません。問題は、被告が安倍氏と統一教会の関係をどのように認識していたのか、という点に尽きます。
ここが明らかにされなければ、なぜ統一教会に強い恨みを持っていた被告が、標的を安倍氏に定めたのか、その意思決定の過程を理解することはできません。
一部の解説によれば、判決はこの点を犯情の一環として扱わず「一般情状」として扱ったとされています。2しかし、なぜ一般情状なのか、その理由は十分に示されていません。これは、刑事裁判における重要な検討要素を十分に吟味しないまま、量刑判断に進んだという印象を与えます。
仮に、この論点が丁寧に検討されたうえで無期懲役という結論に至ったのであれば、私自身、ここまでの違和感は抱かなかったと思います。しかし、明らかに抜け落ちたまま判断がなされているとすれば、やはり納得はできません。
識者の見解
判決翌日の1月22日付毎日新聞では、今回の判決をめぐって、肯定・否定の両論を紹介する識者コメントが掲載されました。3
否定的な見解として、宗教学者の島薗進氏(東京大学名誉教授)は、「判決には首をかしげる点がいくつかあった」としたうえで、教団による宗教被害を受けた被告の怒りが、なぜ安倍晋三元首相に向かったのかという点について十分に踏み込んでおらず、「不自然さが残る」と指摘しています。
一方で、「常識的で妥当な判決」と評価した元東京高裁部総括判事の山崎学氏も、被告の生い立ちに一定の不遇さがあったことを認めつつ、「それが安倍晋三元首相の殺害にまで至った点については不可解さが残る」と述べています。
また、裁判に証人として出廷した弁護士の山口広氏も「犯行に至った経緯を無視した形で、納得できない」4とコメントしています。
「感覚」を解明する必要性
この事件について考える中で、「統一教会への恨みが、なぜ安倍氏に向かったのか」という点を、直感的に理解できる人と、そうでない人がいるのではないかと感じるようになりました。これは私個人の実感でもありますが、統一教会問題を長年取材してきたジャーナリストである鈴木エイト氏も、同様の趣旨の指摘をされています。5私は、自分自身がその“直感的に理解してしまう側”の人間なのだと思っています。
だからこそ、この裁判で語られた「感覚」を、感覚のまま終わらせてはいけないと思うのです。その正体を、できる限り具体的な言葉で示す必要があります。
具体的には、
- 統一教会の内部で、安倍氏がどのような存在として語られていたのか
- 被告は、どのような言葉や経験を通じて、その認識を形成していったのか
この点を検証することが不可欠です。
弁護側が述べた「犯行動機が一直線で繋がっている」という言葉は、決して比喩ではありません。その一本の線を丁寧にたどることこそが、本当の意味で動機を理解することにつながるはずです。
統一教会における安倍晋三氏の位置づけ
以下は、公判証言や報道、そして私自身の体験から見える、統一教会内部における安倍晋三氏の位置づけです。
被告(山上徹也さん)本人の証言
- 2006年、安倍氏が教団に祝電を送ったことを知っていた
- 奈良教会の幹部から「安倍さんはうちの教義を知っている。我々の味方だ」と聞かされていた
- 教団がそのように宣伝していたのではないか、という問いに対し「そうかと思う」と証言
被告の妹の証言
- 統一教会関連の機関誌に安倍氏が掲載されていた
- 統一教会信者である叔母から、自民党への投票を求められたり、ビデオセンターに連れていかれたりしていた
- 教会友好団体のイベントで、安倍氏が送ったメッセージ動画を見るよう求められていた
- そのため、統一教会への恨みによって安倍氏が被害に遭ったことについて、「不思議だとは思わなかった」と述べている
被告の母の証言
- 2021年9月、韓国で行われた旧統一教会のイベントに安倍氏が送ったメッセージについても認識しており、「有名な方がしてくださってよかった」と感じたと述べている
- ただし、母親自身の入信や献金の直接的動機に、安倍氏がなっていたわけではないことも、検察側の尋問で明らかになっている
ジャーナリスト・鈴木エイト氏の報道
- 2010年代以降の統一教会と自民党の関係を継続的に追ってきた、ほぼ唯一のジャーナリスト
- 被告も、氏の報道を「やや日刊カルト新聞」などを通じて参照していたと証言
- 被告が内部で認識していた安倍氏と統一教会の関係を、外部から裏付ける報道を積み重ねてきた存在
私自身の体験(田村一朗)6
- 山上家と同じ時期に両親が統一教会に入信。一貫して岸―安倍三代が統一教会の理想を日本に展開するための重要な家系であり、「摂理的中心人物」として語られていた
- いわゆる「中曽根裁定」において、安倍晋太郎氏ではなく竹下登氏が総理になったことが文鮮明の意に沿わず「復帰摂理が何十年も遅れた」という話を、教会で何度も聞いてきた
- 2015年前後から、両親は非常に積極的に自民党の選挙支援を行うようになりましたが、それも当然のこととして受け止めていた
以上が、私が言うところの「感覚」の具体像です。統一教会に関わった者の間では、安倍氏との関係は自明のものとして共有されており、被告がそのように認識していたとしても、何ら不思議ではありません。
再審の必要性
改めて強調したいのは、これは感情論ではなく、刑事裁判における量刑判断の不備を指摘するものだという点です。犯情か一般情状かの判別が曖昧なまま判決が下されていることを、問題視しています。
この事件は、憲政史上最長の任期を務めた元総理大臣が、選挙遊説中に背後から銃撃された、極めて重大な事件です。だからこそ、より丁寧で徹底した審理がなされるべきでした。
判決を受けて、安倍氏と自民党の問題に不自然に触れられていない点について、「政治への忖度ではないか」という論調も出始めています。7このような受け止めが広がること自体、日本の司法や三権分立に対する信頼を揺るがしかねません。
控訴の判断は、被告本人と弁護団が決めることであり、外部の者が決められるものではありません。しかし、刑事裁判上、控訴に十分な妥当性があることを示す材料は、すでにそろっているように思います。
控訴審が行われるのであれば、争点は明確です。安倍氏と統一教会の関係を、被告がどのように認識していたのか。その一点について、正面から審理される必要があります。
その際、統一教会側の証人の出廷は不可欠です。
「山上家をよく知る元教会長」の証言が、なぜ重要なのか
重要な証人とは、「山上家をよく知る元教会長」です。この人物は事件後、複数のメディアに出演し、証言を行ってきました。被告本人によれば、2006年頃「安倍氏はうちの教義を知っている」と伝えた人物でもあります。
この人物が、被告に対して安倍氏と統一教会の関係をどのように伝えていたのか。また、統一教会内部で安倍氏がどのような存在として位置づけられていたのか。その実情を、法廷で証言する必要があると私は考えます。
ここでも繰り返しますが、問題は実際の関係性ではありません。信者がどう認識していたのか、という点にこそ焦点が当てられるべきです。
さらに、この元教会長の証言には、時系列や事実関係について不可解な点も見られます。
事件直後の週刊文春の記事では、被告を「紹介された」時期が1997年とされている一方、82026年2月号『正論』掲載記事では、母が所属している教会に教会長として着任したのは2002年9とされています。
なお同記事では、被告の母親が1991年に信仰を始めたのは旧統一教会が展開する教会ではなく、旧統一教会の信仰を伝道していた「韓日人教会」だったという新たな証言も行われています。
被告になした安倍氏との関係性の説明もさることながら、この元教会長が山上家といつから、どのように関わっていたのか。母親の献金行動への関与はあったのか否か。
こうした点も含め、証人として出廷し、事実関係を洗い直す必要もあるように私は思っています。
検察側証人の問題
さらに結審後、検察側証人の一人である佐藤啓氏と統一教会との関係が報道を通じて明らかになり、本人も一部これを認めました。10
佐藤氏はこうした事実を明らかにしないまま証人として出廷したことが適切であったのか否か。その点も再検証されるべきでしょう。
結論
以上の疑問を残したままの量刑判断は、妥当とは言い難いものです。
私は、被告の行為が重大な犯罪であること自体を否定するものではありません。発射罪についても専門的な知識はありませんが、再発防止や治安維持の観点から、一定の刑事責任が問われること自体は理解できます。
しかし、被告の意思決定に深く関わる重要な論点が、あれだけ審理されたにもかかわらず、判決にほとんど反映されていないことには、大きな疑問と不満を覚えます。
安倍元首相銃撃事件における山上徹也さんの裁判を、この形で終わらせてよいのでしょうか。
もちろん、最終的に判断するのは本人と弁護団です。しかし、控訴審において、安倍氏と統一教会の関係を被告がどのように認識していたのかが徹底的に審議され、そのうえで量刑が判断されるべきだと、私は考えています。

- 山上徹也 被告 の量刑、生い立ちの評価が焦点…安倍晋三氏と旧統一教会の関係性の捉え方がポイント (読売新聞 2026.1.19) ↩︎
- 山上被告の不遇、ほぼ考慮せず「無期懲役」 安倍氏銃撃「自己都合」 (朝日新聞 2026.1.21) ↩︎
- ミニ論点:安倍氏殺害無期判決 山崎学・元東京高裁部総括判事/島薗進・東京大名誉教授の話(朝日新聞 2026.1.22) ↩︎
- 「なぜ安倍晋三元首相は襲われた」に踏み込まず…判決を導いた検察の「法廷戦術」 山上徹也被告に無期懲役(東京新聞 2026.1.22) ↩︎
- 山上徹也と安倍晋三 「運命が交錯した16年」|鈴木エイト(週刊文春 2026.1.1・8号)ほか ↩︎
- 自由民主党と旧統一教会の繋がりに関する証言 (田村一朗) ↩︎
- 脱「高みの他人事」(196) | Tansa
「判決で自民党と統一教会との関係に言及しなかったことを考えると、政治権力に忖度したのが大きな理由だろう。自民党は統一教会による信者や家族への加害を、長年にわたって黙認してきた。その党の総裁を最も長く務め、統一教会との関係が近かったのが安倍晋三氏だ。常識的に考えれば、判決でも言及する。それをしなかったのは、『とにかく山上被告が悪かったことにする』という結論ありきだったのではないか。」 ↩︎ - 週刊文春2022.8.11号, p.33「1997年のある日の出来事だった。奈良県の教会幹部だった小野氏は一人の青年を紹介された。すでに多額の献金をし、一部の信者から“篤志家”と称されていたA子さんの次男・徹夜だった。」 ↩︎
- 加藤文宏『山上家の深闇 安倍暗殺犯、本当の動機』(月刊正論, 令和8年2月号, pp.146-153) ↩︎
- 佐藤副長官、旧統一教会集会「妻が参加」認める 安倍氏銃撃事件当日 (毎日新聞 2026.1.23) ↩︎
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